《違う月を見ている》

2020 / インスタレーション / 家具、雑貨、iPhone、通話音声、映像、他
photo : Suda Yukinori  model : Mishima Erika

 台の上で、iPhoneが着信音を鳴らしている。鑑賞者はiPhoneを手に取り、電話の声を聞くことができる。薄いカーテンの向こうに、部屋のような空間が見える。手に取った iPhoneから流れる音声を聴きながら、この部屋を歩き回ることができる。カーテンを回り込んで進むと、大きな食器棚、食卓、ソファ、カーペットなどが置かれている。周囲の一部分には壁が吊り下げられており、この壁を境にゆるく外界から区切られている。カーペットの上には形合わせの知育玩具、食卓の上にはうさぎの形に飾り切りされたりんごの並んだ皿が置かれている。

 iPhoneからは、女性の声が聞こえている。女性は、iPhoneを失くしたらしい。困っている様子だが、それでもどこか気散じぎみだ。iPhoneと同時にコインも失くしていて、それも探したい、と話を続ける。

1.

......もしもし、もしもしー? 今どこ?
あ、今どこにいますか?
なんかあの、私、ものを探してて。
で、あの耳につけてますか iPhone、
耳につけて、そう......
耳から離すと、私の声も聞こえなくなって、
そしたら......あなたもいなくなる。
でも、私は話すことしかできないし。
だから少し、付き合ってもらえないかなあ。
......もちろんだけど、
束縛はしません。ていうかできません。
あなたの目の前にあるものは、見たり使ったり、
それは全部あなたの自由。
わたしのこともそうですよ。
......だって、
あなたに見えるものは全部、あなたのものですから。
だけどいいですか、
私とのことは、どうか秘密にしてください。
あなただけ、じゃないと意味がないんです。
これは私たちの関係を、いや、
この世界を......守るための約束なんです。
...だけど、死ぬのはいつも、私ばっかり......
( ノイズ )
あれ?...

2.

......( ノイズ )
......
......もしもし? あれ?
なんか勘違いしてますか?
勘違いしてますか?
......まだ聞こえる?
あの......聞こえてるつもりで話しますね。
その、お願いをしてもいいかな。
......私あれなんですよ。
iPhone落としちゃったんですよ。
私のiPhoneですよ、私の。

......とったらダメですよ、
いや、そんなつもりじゃないかな。
まあ、どういうつもりでも、
あなたがわかってくれたらいいんです。
......iPhoneのケースは、緑だったと思います。
あれ、ピンクだったかな、
いや、ピンクじゃないな、わたしピンク嫌い。
緑はなんか......似合うって言われた。
なんか緑に似てるらしいです私。
緑に似てるって......どういうことなんですかねえ。
それってつまり......どういうつもり?

3.

ていうか あっ、コイン。
コインです。
マレーシアの、なんだっけ、
マレーシアのコインです......
その、コインをね、
なんか、一緒に置いてきたのたぶんiPhoneと。
だから探したいの。
すこし、付き合ってもらえないかなあ。

コインって、コインていうか小銭ってさ、
だいたいソファの下とかにある。
あとは自販機の下とか。噴水の中とか、
それから......財布の中とかね。
コインは、なんだっけ、
リン、リンゴ......リンゴ?
みたいなやつです。
そのリンゴみたいなコインが、

あっ......リンゴ食べますか。
なんか食べたくなってきたリンゴの話してたら。
食べていいかなあ。
誰も見てない。

いただきます。

4.

りんごの切り方を思い出します。
1. まず、ウサギを8匹に増やします。
あれ、こんな感じだったっけ?
2. それから、うさぎのお腹を削ります。
勘違いしてますか?
3. それから、耳を切り離します。
皮の下に包丁を入れ、て......

……あ……、血が出てる……
痛い。
指切っちゃった……
紙で切った傷って痛いですよね。
でも今絆創膏もティッシュもなくて……

だからなにっていうか、
なんだろう……

あ、寒くないですか?
もう少し、付き合ってもらえないかなあ。

5.

私、カラオケ好きなんですよ。
たまに見つけるの、
私みたいな曲。
これ、私が歌うための曲じゃん、っていう。
私に歌ってほしい、って思ってるんですよ。あの曲は。
で、自分に思いっきり酔うんです。
私の曲を、私の声で歌い直す。
酔ってるからもういいの。
だらしないですか?
酔いすぎは良くないって言うつもり?
でも、楽しいですよ。
私に見えるものは全部、わたしのもの。


……あ、ごめんなさい、
まだ聞こえてる?
よそ見してた。
待たせちゃいましたか?

6.

(つきがとっても、あおいから〜、)
(とおまわりして、か〜えろ、)
(ふんふんふんふ、ふ〜ふんふ、)
(な、み、き〜じいは〜あ、)
(、おもいでーの、こみーちよ、)
(うで〜をやさしく、くみあーって、)
(ふーた〜あり、きーり〜で、)
(、さ〜あ〜、かえろ〜、)


はやくしないと、夜になっちゃう。
私もう、どれくらい歩いたんだろう。
足がつかれて、このまま寝ちゃいそう。
時間大丈夫ですか?
誰か待ったりしてたら、ね……

次の満月っていつだっけ?
……

7.

そういえばこないだね、iPhone割ったんですよ。
たぶん地元で……や、もっと都会だったかも。
あの、道がくさいとこ。
酔ってたからもう、どこでもいいんですけど。
酔ってるときに落として。
私すぐ落とすから、
買おうかと思ったんですけど、なんか強いケース。
でもそれ買う前に結局割ったなあ。
だから画面が割れてるから、
耳とかあれして血が出るかも、
あんま、耳につけてたら。
あでも、あ、違った、
それ前のiPhoneだ。
なんか記憶が混じっちゃった。
前のやつとの思い出かな、これは。
……でも、あれですよ、
人間って、血が出てるって思うだけで、
貧血になるって言うから。

8.

もう少し、付き合ってもらえないかなあ。

(ふふふ、ふんふふ、ふふんふふ〜)
(ふーふ、ふんふふ、)

まだ聞こえてる?
さいきん月が近い気がします。
満月の日、人間はわるくなるって。
もう知ってましたか?

9.

〜 ( つきがとっても、あおいから〜、)

たとえば……まあ、たとえばですよ。
私たち泥棒で、どこかに忍び込むときに。
間取りとか、その部屋を先に見るでしょ。
ここから入って、ここを歩いて、みたいなつもりで。
でも、家を買う人は、
そんなつもりで間取りとか部屋とか、見ないでしょ。

何が見えてますか?
……居心地いいですか?
でも、わたしが犯罪者のつもりなら、
いつかはここから逃げるよね。

10.

ね。

猫。
こ……こうもり……いや、こうもり傘。
坂道。
地下鉄。
つ……月がきれいですね。
ねずみ。
右の引き出し。
しらふ。
フライドポテト。

11.

と……ときどき思うことがあって。
どんな迷路も、
左手を壁につけて歩いていけば
いつか出られるんです。

べつに……何かを言いたいわけじゃないんだけど。
逃げるときはいつも一人だよ。


だから……

私を置いて逃げるの?

さ、出口まであと少しです、
……6

……5

……4

……3

……2

……1 ……

12.

あ、ていうか、
これはもしもなんですけど、
私、ひとつ心当たりがあって
私ね、あなたのいる場所わかるかもしれないんですよ。
なんか、ここかなって思う場所があるんです。
べつにそんな、特別な場所ってわけでもないんですけど。
……もし、もしですよ、
もし合ってたら、私、迎えに行こうかな。
そしたらその時あなたは……
横断歩道を、信号が青になったその瞬間、
ちょうど渡れるように、道を歩くんです。
赤のまま渡るのはダメですよ。待つのもダメ。
青になった、その瞬間です。
それを見つけたら、
あなたを乗せてドライブに行こうかな。
まあ私免許持ってないんだけど、
その時までには取れてるんじゃないかな。
……じゃあ、そういうことで。

13.

(ふふふ、ふんふふ、ふふんふふ〜)


忘れものないですか?

14.

……いや、ね、
もう終わりだよ。
どうするつもりだった?


もう遅いかな。

まだ……
でも、ほんとはまだ、話すことがあって、
……話したいことがあって、
でもちょっと、疲れてきちゃった、
はやくしないと、……


(つきもあんなに、うるむから〜、)
(とおまわりして、か〜えろ、)

(も、う、きょ〜う、かあぎいり、)
(あ、え、ぬ〜とおも〜、)

15.

聞こえてる?


聞こえてる?



まだ聞こえてる?

読み込むと、iPhoneから流れるものと同じ音声を聞くことができた。現在は無効なリンク先。