誘惑について - カラオケ性

 カラオケは、既存の歌を消費者自らが「歌い直すこと」を趣旨とした娯楽である。その歌を聴くことと、自分で歌い直すことは、ひとつの歌を元にしていてもまったく違う経験だ。オペラ歌手は歌うことで役を上演し、ロックシンガーは歌うことで主張を伝えた。歌と歌手が結びついているかぎり、そこで歌われる言葉は多くの場合、歌唱者による上演や発話行為として鑑賞される。しかしカラオケでは、消費者みずからがその歌を上演する立場を担うことになる。カラオケという娯楽は、他人の作品の意味を読み替え、自分の発話行為や上演として使用する、という構造を持っている。

 カラオケのランキングは、売れている曲のランキングと少し違う。作品の意味を奪って自分のものにしてしまうことは、やはりすこし、傲慢なことだろう。しかしカラオケのランキングに入る楽曲の中には、そういった用途を想定して作られたものが存在している。カラオケや結婚式の二次会で特定の歌を相手に向けて歌うことがコミュニケーションとして成立しうるのは、その歌詞が、カラオケ的使用を誘うように書かれているからだろう。歌詞の中のモチーフや、「あなた」という言葉は、あなたの記憶の中の文脈やあなたの声を借りて、歌われるたびに新しい意味で立ち上がる。そうした作品に宿る、人々を傲慢さへ誘惑する性質を「カラオケ性」と呼びたい。

2020/01/27